表情が薄いのは、長いこと感情要らずでいたから。
冷静寡黙なのは、長いこと言葉要らずでいたから。
物心ついてすぐにも戦さ場へ放り込まれ、
言葉遣いや行儀より先に、刀の扱い方を叩き込まれ。
高々と天穹の戦さ場を舞い、
死にたくなくばと、心凍らせて人斬りとなった身。
そんな大戦の終焉は、
戦さしか知らぬ身から生きる術(すべ)を奪ったようなもの。
時間(とき)は停滞し、
彼の心を、意志も意識も深い深い水底へと沈めて、
永劫凍らせたままにして、そこへと置き去るかに思えたものが。
『お主、サムライか?』
いきなり吹きつけた風に煽られて、
彼を取り巻く世界と時間が、音を立てて動き出した。
それまでの朋輩との決裂を見、
空の匂いがする男を追って、自ら踏み出したその足元からは。
鮮烈なまでの危うさや殺伐とした緊張感ではなく、
現実というものの確かな手ごたえと活性の息吹が伝わって来た。
そこには、戦さがはらむ冷ややかさを余裕で上回る、
彩りという光と 大地に根付く者らの体温があったから。
風の匂い、陽の目映さ。
煌月の妖、星影の寂寥。
せせらぎは清涼、稲穂は風にくすぐられて躍り。
それらの連綿と紡ぐ囁きの中、
見上げれば空をゆく雲が大地に陰を落とす。
戦さに備える日々を送りつつも、不思議と心は絆されて。
馴れ合うつもりなどなかったものが、気がつけば…。
◇ ◇ ◇
ひょいと肩へ掛けられた襟巻きの、顎先まで埋まる大きさや暖かさ。
指先しか覗かないほど、丈の大きな羽織のその残り香に、
どうしてだろうか、胸が温(ぬる)んで…切なくなる。
斬るためにとついて来たのに、どうして。
そんな相手へまで懐っこい貌を向ける?
こっちは帯刀したままなのに、どうして。
そんなまで無防備に懐ろへと掻い込める?
体温を分け、心宥めて思惟を深めさせ。
月の色、風の匂い、木葉擦れの囁きを拾わせて。
そんなことをして何の利がある?
死びととばかり縁の深い身なのはお互い様。
なのにどうして、この男の懐ろはこんなに温かいのか。
「? どうした?」
何か言いたげな、歯痒そうな顔をしおってと、
他愛なく苦笑をし、小首を傾げる彼の耳朶で、
蓬髪に紛れた飾りが鈍く光る。
「…。」
初見でああまで尖って斬りつけた、同んなじ相手だってのに。
こうして掻い込まれると、どうしてだろか、
血も騒がぬままに温かい。
温かい…。
あの彼がいつも傍らにいるからだろか?
口が利けない仔犬のように、困り顔をして視線を向ければ、
同じような困り顔になってしまい、
『もうもう、そんなお顔をして。』
どこか辛いのですか?と髪を梳いてくれる人。
かぶりを振れば“嘘おっしゃい”と肩を抱いてくれる人。
自分よりも上背もあるのに、
胸にも二の腕にも、雄々しくも頼もしい筋骨がしなやかに備わっている筈なのに。
懐ろの中はほわりと柔らかで暖かで。
どこまでもやさしく包み込んでくれて。
そおと見上げれば、光を集めたみたいな青い瞳が見つめ返してくれて。
――― ああ、これって何だろう。
花のような甘い香りと屈託のない笑顔と。
衒いなく懐ろに入れてくれる、やさしい人の柔らかい温もりに、
どうしてだろうか、喉の奥がきゅうと詰まって苦しくなる。
胸がいたいの、胸がくるしいの。
何というものだろう。
誰か判ってくれないか。
ねえ、これって何?
甘くて暖かくて、なのに、つきんつきんと切なくて。
言葉を知らないのがもどかしい。
上手く言い表せられないのが、歯痒くて苦しい。
居心地いいのに、苦しくて。
戸惑ってばかりいた、そんな頃。
彼の人は心得顔で微笑ってくれて、
――― 言って伝えるのが難しいことへと、
胸塞がれて居たたまれなくなったなら。
『いつだっていいから此処へおいでなさい。』
理路整然、判ってもらえることで安堵出来、
胸底までスッとして落ち着くものではありましょうが、
『キュウゾウ殿は、ちょっと不器用さんだから。』
気持ちとか形の無いものを言い表すなんて、
今の今まで知らなかったのだもの、出来なくたってしょうがない。
当人よりもその心を知っていての言い当てて。
眉を下げて苦笑を見せてのそれから。
おでことおでこ、こつんことくっつけて。
『こやっているだけでも少しは違うでしょう?』
むず痒いのが少しは収まるものでしょう?と、
温みを分けてくれての、
ね?と 嫋(たお)やかに微笑ってくれた彼は、
昏い双眸をしたこの男を、慕ってついて来た人でもあって。
「…。」
人との関わりは迷いを招くと、実地から教わった。
選択肢を徒に増やすとロクなことはないと、息絶えた同朋の亡骸が語ってた。
常に一つ、常に己だけ。迷いたくなくばそれが一番だと。
それでも得られぬものならば、己さえ捨てよ。
心凍らせれば寒くはない。
抱くものが無ければ双腕が自在になる。
気勢の鋭を削がれることもなく、どこまでも高みへと駆け上がれるとの教え、
守ったからこそ生き永らえたが、そんな自分に果たして何が残ったか。
少なくとも、彼のように温かい者から慕われる奇縁は拾えなかった。
「…。」
自分はこの蓬髪の彼のよに、生をしぶとく永らえようか。
それとも幽玄な殻の身を、持て余しての、失速して早逝するか。
風に撒かれて躍るには、あまりに薄脆な胡蝶の翅。
その身を庇うか、それとも……。
〜Fine〜 07.6.24.
*いかっち様の『恋侍』さんに掲載されてあった(6/19)
キュウゾウさんのそれはそれは切なそうなお顔に、
他愛なくも骨抜きにされてしまいましたvv
雨に濡れた仔犬のような、
あんなまで切なげなお顔をされて見つめられたなら、
シチさんなら居ても立ってもいられないだろうなとか思いまして。
でもって…おっさまだったら、
心当たりはないけれど一応謝っとこうだなんて、
余計な気を回して話がややこしくなるかも知れませんね。
構ってほしかっただけなのに、
謝るということは何か疚しいことがあるのだろうって。(笑)
めるふぉvv


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